ひきこもり科学館

高学歴こじらせニートが、日々思い付くまま、あれやこれや書きます。

【京都の範囲】京都って、どこまでが京都なの? 京都府?京都市?それとも…?

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皆さんは京都というと、どんなことを思い浮かべますか?例えば、「千年の都」で寺社仏閣がたくさんあって、舞妓さんがまちを歩いていて、意外とパンの消費量が多くて…等々、いろいろあるかと思います。しかし、皆さんが思い浮かべるような京都イメージは、一体どこの地域のイメージなのでしょうか?例えば、お茶どころでおなじみの宇治市は(皆さんが思い浮かべる)京都に入るのでしょうか?―「入る」という人もいれば、「入らない」という人もいるかと思います。でも、これって、不思議なことではないでしょうか?つまり、京都と一言でいっても、それがどこからどこまでの地域を指すのか、は「謎」なのです。

という訳で、今回は「京都って、どこからどこまでが京都なの?」という素朴な疑問について考えていきたいと思います。とはいえ、明確な結論が出るようなものではありませんので。ただ、ぐだぐだと考えていくだけですので…。そこは悪しからず。

 

① 行政区分としての京都府、広すぎ…

まず、京都というのは都道府県名にしっかりあります。そうです、「京都府」です。しかし、京都ときいて京都府域全体を思い浮かべる人は、ほとんどいないのではないでしょうか?―例えば、京都ときいて日本海側の寒々とした風景を思い浮かべる人は、そういないでしょう。しかし、京都府にはそんな風景がごく普通にあるのです。具体的には、舞鶴や宮津、京丹後といった地域です。ところが、こうした地域は(多くの人にとって)京都ではないのです。このことは、福知山や宇治、京田辺など、他の多くの地域にも当てはまるような気がします。そう考えると、京都府は京都というには、あまりに広大すぎるのかもしれません。京都府はあくまで行政上の線引きにすぎない、ということでしょう。

 

② 行政区分としての京都市、山科・伏見は京都でない?

先ほど述べたように、京都府という括りはどうも大雑把すぎる感じがあります。実際のところ、大抵の人は京都といっても、舞鶴や福知山のことは思い浮かべません。ということは、もっと小さな単位の方がふさわしい気がします。そう考えると…、ありますよね。もっと小さな単位が…。そうです、「京都市」です。府庁所在地で府域人口の約6割を占める、京都市です。

実際、皆さんが思い浮かべるような京都イメージは、ほぼ京都市域に収まるのではないでしょうか?―少なくとも、千年の都で寺社仏閣がたくさんあって、舞妓さんがまちを歩いていて…、というイメージは、舞鶴や福知山ではあり得ません。やはり、京都といったら京都市、という見方が強いといえます。

しかし、これで誰もが納得する訳ではありません。例えば、ある人は「山科は京都ではない」と言います。また、ある人は「伏見は京都ではない」と言います。確かに、山科区や伏見区は京都市といえど、郊外・外縁的性格の強い地域です。市域全体でみると、中心地ではありません。まぁ確かに。このあたりの人って、平気で「ちょっと京都に行ってくる」と言いますしね。このように、同じ京都市域でも京都になったり、ならなかったりすることがあるのです。

 

③ 伝統的な「洛中」意識、御土居、市電外周線

一般に、京都市は長らく都(みやこ)をやっていたこともあり、プライドの高い地域です。そのなかでも、中心市街地となると、とてつもなくプライドの高い地域です。まさに、自尊心のかたまり、選民意識のかたまりです。この地域の人たちには、(割と冗談抜きに)「自分たちは特別だ!」という意識があります。この意識が、京都市内をさらに線引きする訳です。

ここで出てくるのが、「洛中」「洛外」という概念です。京都市街では長らく、かつての都(平安京)の京域内の地域を「洛中」、その外縁の地域を「洛外」として区別してきました。そして、中心市街地(すなわち洛中)の人はこう言うのです。「洛中以外は京都ではない」と。要は、今でも洛中は特別扱い、ステータスなのです。(ただ住んでいるだけで)自尊心や選民意識がモリモリ高まる、そういうエリアなのです。

なお、洛中の範囲は時代やそれぞれの立場(公・官・民など)によって、少しずつ違います。ただし、いくつか比較的分かりやすい事例はあります。その1つは「御土居」(おどい)です。御土居とは、豊臣秀吉によって作られた京域を囲む土塁のことです。つまり、秀吉は御土居の内側を「洛中」としたのです。また、もう少し新しい例としては、旧京都市電外周線があります。外周線とは、旧京都市電の東山線、北大路線、西大路線、九条線の4路線の総称のことです。この内側の地域を「洛中」とする見方もあります。いずれにせよ、中心市街地という意味では、今でもあながち間違ってないなぁ…、と思います。

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御土居の範囲(出典:京都市情報館)

 

④ 滋賀へと延びる京都都市圏、滋賀は京都のお仲間?

ここまでは、京都の範囲を狭める方向で考えてきました。しかし、本当にこれでいいのでしょうか?―京都府のおとなり、滋賀県出身の私としては、ちょっと物申したいことがあるのです。そもそも、京都府域だけで話を進めるのはいかがなものか、と。また、京都人の選民意識をもとに話をするのもいかがなものか、と。そこで、ここからはちょっと視野を広げて、「都市圏」という視点から考えていこうと思います。

都市には都市圏があります。都市圏とは、都市の都市的機能(経済、政治、文化など)が影響を及ぼす地理的な範囲のことです。例えば、経済圏や商圏なども、都市圏の1側面として捉えることができます。要するに、都市圏は都市の機能的範囲(テリトリー)なのです。そういう意味では、都市圏は都市の範囲そのものだといえましょう。ということは、京都の範囲を議論する上でも無視できないもの、といえましょう。

では、京都市の場合、どのような都市圏が形成されているのでしょうか。都市圏の設定の仕方はいくつかあるのですが、よく利用されるのが都市雇用圏です。都市雇用圏とは、いわゆる「通勤圏」のことです。ざっくり言うと、核となる都市(この場合、京都市)に通勤する者が、一定以上の割合でいる地域の範囲を指します。

では、最もメジャーな10%通勤圏でみてみましょう。これをみると、京都府南部はもちろん、大津市や草津市など滋賀県南部の自治体も含まれていることが分かります。つまり、京都都市圏には滋賀県南部も含まれるのです。一方で、舞鶴市や福知山市など京都府北部の自治体はこれに含まれていません。つまり、京都府北部は京都都市圏には含まれないのです(まぁ、物理的に遠いし、通勤できませんからね)。このことから、京都都市圏は京都府域に一致しないことが分かります。

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京都都市圏、10%通勤圏ベース(出典:wikipedia)


このように、都市圏という視点では、ごく普通に滋賀県南部が京都の「お仲間」に入り、京都府北部が京都の「お仲間」から外れるのです。例えば、

  • 大津→京都のお仲間
  • 福知山→京都のお仲間じゃない

ということにもなり得るのです。これは、京都府北部よりも滋賀県南部の方が、(京都市との)都市機能の一体性が高いからです(実際、大津あたりで「京都は、うちの庭みたいなもんや」ていう人、多いですしね)。そうなると、自分の出身地や居住地を訊かれて「京都のほう…」と答える大津市民もあながち間違っていない、ということになります(個人的に、そう答えるヤツは嫌いですが)。う~ん…。<京都を名乗る福知山市民>と<京都を名乗る大津市民>、一体どちらに分があるのでしょうね。まぁ、どっちもどっちかな?京都市民にとっては、「どっちもちゃうやろ~」でしょうし…。

 

(おわりに)

いかがでしたか?京都と一言でいっても、それがどこからどこまでの地域を指すのか、は難しい問題です。人によっても、場面によっても違うでしょうし…。決して、1つの正解がある訳ではありません。しかし、だからこそ面白いのです。皆さんにとっての京都は、一体どこからどこまで、でしょうか。それでは、今回はこのへんで。

 

(おまけ:京都人の脳内地図)

ネットで拾った「京都人の脳内地図」。いろいろ示唆していますね。

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